学校から許可された使用時間を過ぎると厄介だ。とりあえず体育館を後にし、だからと言って、まだ怒りと興奮のおさまらない涼木を蔦と二人っきりにして「はい さようなら」ともいくまい。
「とりあえず、誰かが怪我したとかってワケでもないんだし………」
瑠駆真の言葉に納得のいかない涼木だが、さすがに声を落してため息をつく。
「別に私のことだって、ただの口実なんだってば」
「また口実かよ?」
首を捻る聡に、涼木は口元を緩める。
「言ったでしょ? ウチの学校はプライドの高いヤツらばっかりだって。だからね、ウチみたいに親が病院の院長とかしてると、気に入らないって思う子もいるワケよ」
「親が吹き込んだりもしてるしな」
蔦の言葉に、今度は三人とも首を捻る。
「吹き込む?」
「そっ」
「あそこの病院はヤブだとかってね」
「根拠ねーんだけどな」
「足の引っ張り合いって言うの? ほらっ 私って中学から唐渓でしょ。もうこんなコトばっかで、やんなっちゃう」
蔦と涼木、二人ともうんざりしたように背を凭れさせる。
「っんにしてもさぁ〜 金本くんも金本くんだよねぇ〜 なんだってコウの言いなりになんてなっちゃったワケ?」
オレンジジュースをズズッと啜りながら、呆れたように目を細める涼木。
「コウのやってたコトなんて、所詮脅し程度のモンなんだから」
「脅しなんかじゃっ!」
蔦の抗議は、涼木のゲンコツ一発に沈む。
「さっさと先生にでも言ってればさぁ、コトは簡単に済んだのに」
「まぁ…」
言い訳もできず口ごもる聡に大きくため息をつき、だがそれ以上深く追求しようとはしない。
やがて辺りに、沈黙が流れる。だが、それは決して重苦しいものではない。
その場の五人全員が、それぞれ己の考えに没頭し、お互いへ気を配る余裕がないだけ。
軽快に流れる音楽と、時々あがる奇声。一秒たりとも静まらない店内において、五人の周囲だけが、まるで結界で隔離されてしまったかのように沈黙している。
―――唐渓高校
そこは、思った以上に過酷な場なのかもしれない。
かつての友人が入学を頑なに拒否したのは、その為なのか……?
脳裏に浮かんだ里奈の顔に、美鶴は思わず目を閉じた。
今さら思い出すような人間ではないっ!
振り払うように、向かいの聡を見る。
聡が犯人を知っているのではないか?
そんな期待を持ちながら、だが、聡が共犯なのではないかといった、そういった疑念は抱かなかった。
以前、覚せい剤絡みのゴタゴタに巻き込まれた時。あの時は、聡に対しても不信感を抱いていたのに―――
――― 信じて いたのか?
もしこのまま………
窓際に座る美鶴は、ふと外へ目を向けた。
もしこのまま私や、涼木……さんが何も気付かなければ、聡はずっとバスケ部に籍を置くことになっていたのだろうか?
そこでハッと視線を落す。
別に構わない。聡が放課後をどのように過ごそうと、私には関係のないことだ。聡のことなど構わないから、拾ったタイピンの事も、敢えて聞こうとはしなかったのだ。
聞こうとはしなかった――――
ひどい不快感が、胸の内に広がる。
聞こうとはしなかった。気になってはいたが――――
テーブルに肘をつき、片手で額を支える。
気になんてしてなかったっ!
聡が放課後、駅舎に来ようと来るまいと、私にはどうでもよかった。ただ、瑠駆真と二人っきりになるのがちょっとウザかっただけで………
そうだ。ただ瑠駆真と二人っきりになるのが嫌だっただけだ。別に聡に戻ってきて欲しいと思っていたワケではない。
なぜ聡が突然バスケ部に入部したかなど、私にはどうでもよかった。だって、聡も瑠駆真も、ウザいんだもんっ!
二人とも、やるコトがいちいち大胆で度が過ぎている。
お前らっ おかしいだろっ! 狂ってるだろっ!
この蔦って男だって………
人は誰かを好きになると、こうも見境なく行動してしまうのだろうか?
イカれてる。
そうだ、人を好きになると、周りが見えなくなる。良いコトなんて一つもない。だから自分は、もう人を好きになったりなんてしない。
再び、里奈の顔が現れる。思わず目を見開く。
なぜ里奈がっ!
目を閉じて、言い聞かせる。
消えろっ! お前なんかに用はないっ!
必死に言い聞かせながら、心のどこかで問いかける。
なぜ? なぜ里奈の顔ばかりが出てくるのだ? 好きになった澤村ではなく、里奈の顔が………?
その姿を、向かいに座る聡が見つめる。
気づいて…… いたのか
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